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大阪地方裁判所 昭和25年(ワ)3854号 判決

原告 田中英夫

被告 国・大阪府知事

主文

一、被告知事との間で別紙物件表記載の土地の買収処分及び同物件表の1ないし4、10、19、20、22、23、28、31ないし38、40、43ないし45、48ないし70及び84ないし92記載の土地の売渡処分の無効確認を、被告国との間で右土地を除く同物件表記載の土地の所有権確認を、それぞれ求める原告の請求を棄却する。

二、本件訴え中その余の部分を却下する。

三、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

(原告)

一、原告と被告大阪府知事との間で、別紙物件表記載の土地につき、

(一) 大阪府南河内郡天見村農地委員会が定めた買収計画にもとづく政府農地買収及び政府のその売渡は無効であること、

(二) 大阪法務局長野出張所昭和二三年一一月一五日受附第九四〇号をもつてなされた贈与を原因とする判決による所有権移転登記が有効であること、

(三) 被告大阪府知事の嘱託にもとづき、同出張所昭和二五年五月一日受附第六五五号をもつてなされた農林省名義の所有権取得登記及び前記(一)の売渡による各買受人名義の所有権移転登記はいずれも無効であること、

を確認する。

二、被告大阪府知事は原告に対して、前項(三)記載の各登記の抹消登記手続をせよ。

三、原告と被告国との間で、第一項記載の土地につき、

(一) 右土地は、第一項(一)記載の買収計画設定前より原告の所有であり、昭和二五年一二月二五日当時及びそれ以後も原告の所有であること、

(二) 第一項(一)記載の政府買収及び政府売渡は無効であること、

を確認する。

四、被告国は原告に対して、被告大阪府知事が第二項記載の抹消登記手続をすることを容認せよ。

五、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決を求めた。

(被告ら)

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求めた。

第二、請求の原因

一、大阪府南河内郡天見村農地委員会(以下村農地委という)は、別紙物件表記載の土地(以下本件土地という)を千早口殖産合資会社(以下訴外会社という)所有の小作農地であると認めて、昭和二三年七月二日を買収の時期とする第七回買収計画を定めた。右計画は異議、訴願の手続を経て承認せられ、その買収令書が発行せられた。

二、しかし、右買収処分には次の違法があり、無効である。

(実体上の無効原因)

(一) 所有者を誤認している。

本件土地は、もと訴外会社の所有であつたが、原告は同会社の解散した昭和一二年二月二〇日にその贈与を受け、以後これを所有してきたもので、大阪地方裁判所堺支部昭和二三年(ワ)第六六号事件の右原因により所有権移転登記を命ずる確定判決(同年一一月一二日言渡)にもとづき、同月一五日大阪法務局長野出張所受附第九四〇号をもつて、その旨の登記も了している。訴外会社は、清算結了登記が未了であるとはいえ、解散登記はすでに昭和一二年三月四日に経ていたのであつて、村農地委は、訴外会社がつとに解散し、原告が本件土地の贈与を受けてその所有者となり、納税もし、これを自作(本件買収後原告に売り渡された部分)または他に小作させていたことを熟知しながら、土地台帳や不動産登記簿上は訴外会社の所有名義となつていたことから、あえて同会社の所有小作地と認めて買収したものである。しかも、右土地の買収登記は、右原告名義の所有権移転登記がなされたのちの、昭和二五年五月一日になされている。

(二) 在村地主である法人所有の小作地を買収するのは違憲である。

(手続上の無効原因)

(一) 買収計画

(1) 農地買収手続には、土地収用の一般法である旧土地収用法の適用ないし準用があるから、具体的事業の認定を受けることを要するのに、農地調査規則は右認定に関する規定を欠き、本件の場合も認定を受けていない。また右規則は土地所有者が買収手続に関与することを許さず、その立会権を認めないから、所有権保護の自由権を認める憲法の精神に違反し、右規則にもとづいて設定された買収計画は無効である。

(2) 自作農創設事業は、市町村単位の事業区域を確定し、買収と売渡を牽連させて、総合的単一の基本計画を設定し、これにもとづいて行うべきであるのに本件ではこれを欠く。本件では、農地調査規則に定める農地台帳、世帯票さえ作成されていない。

(3) 買収計画の議案設定前に、自創法三条一項一号の準地域の承認申請、その指定、同条五項の買収適地認定、同法五条の買収除外指定、同法六条三項の買収対価認可申請等の手続をしなければならないのに、本件ではそれが行われていない。

(4) 村農地委は、買収計画の議案提出にさきだち、政府の監督機関である地方長官、農林大臣、大蔵大臣の認許を受け、その決議については地方長官の認可を受けなければならないのに、これらの認許を受けていない。

(5) 買収計画の議決をした会議が適法に招集され、その構成が適法で、定足数もみたしていたことは被告らにおいて立証すべきである。右会議が公開されたことは議事録によつてのみ証明でき、その証明がない限り決議は無効である。また委員会は小作層五人、自作層二人、地主層三人で構成されており、小作委員は議案(各土地を集成して一冊にまとめたものを一個の議案と解すべきである)中のある土地について利害関係を有すると推定できるから、各委員がすべての土地について買取申込その他法律上の利害関係をもたないことの証明がない限り、その決議はすべての土地につき無効である。

(6) 本件買収計画は、村農地委作成名義の買収計画書という文書で表示されている。しかし、これと一致する決議のあつたことは同委員会の議事録によつても明らかでない。かりにそのような決議があつたとしても、それは、農林省所定様式による世帯ごとの初葉表裏を欠く文書、つまり物件表関係の記載だけしかない文書についてなされたものである。しかし右初葉こそ買収処分という行政処分の主要部分であるから、この部分の決議を欠く本件買収計画の決議は法律上不成立である。

(7) 買収計画書は決議に関与した各委員が作成すべきであるのに、本件買収計画書には決議に関与した全委員の署名押印がない。かりに、村農地委の名義で作成することが許されるとしても、実際には事務当局が作成したものと考えられるから、委員会作成の公文書としての効力を与えるためには、その旨の委員会の承認決議が必要であるのに、その決議がない。また買収計画は政府の収用命令を委員会の決議という形式で表白するものであるから、買収計画がいつ開かれた委員会のどの決議にもとづいて定められたかを買収計画書の本文に記載しなければならないのに、本件ではその記載がなく、作成、備付の日付さえ記載されていない。

(8) 買収計画は公告によりはじめてその効力を生じるから、その効力発生予定時期である公告の期日を買収計画書に記載しなければならないのに、その記載がない。

(9) 買収計画に定められた買収の時期は、政府の所有権取得が確定する時期であり、この時期までに適法な手続により所有権取得が実現しなかつたときは、右時期の経過とともに買収計画は当然に失効する。本件では買収の時期までに訴願裁決書の送達、村農地委への承認書の送達、対価の支払がなかつたから買収計画は買収の時期の経過とともに失効した。

(二) 公告

自創法六条五項の公告は、買収計画の表示方法であるから、買収計画決議の単なる抽象的広告であつてはならず、買収計画の趣旨内容の公表、すなわち買収計画書綴正本の掲示でなければならないのに、本件の公告は本件買収計画の縦覧の場所と期間を告知するものにすぎない。また公告をすること及びその日時につき村農地委の決議が必要であるのに、この決議を経ることなく委員会長名をもつてなされた本件公告は、会長の独断専行によるものであつて、公告としての効力を生じない。

なお、同条項の縦覧書類は、買収計画の要部を抄写した文書をいい、これを縦覧に供することにより右公告を補充し、買収計画を表示しようとするものであるが、本件ではこの縦覧書類の作成された形跡がない。

また、原告に対する買収計画書正本の送達もない。

(三) 異議却下決定

(1) 本件異議却下決定の決議が無効であることについては、買収計画の項の(5)に述べたところを引用する。

(2) 原告に送達された異議却下決定書と一致する決議のなされた証跡がなく、議事録にもこれを証明するに足る記載がない。

(3) 異議却下決定は合議制行政庁の審判の性質を有するから、その決定書には決議に関与した各委員の署名押印を必要とする。原告に交付された本件異議却下決定書は村農地委の会長名で作成された違式、違法のもので、委員会の審判書としての外形をそなえておらず法律上は決定書として不存在である。

(四) 訴願の裁決

(1) 大阪府農地委員会(以下府農地委という)の委員のうち法律家は三名にすぎないから、大多数の委員は法律知識に欠けており、本件訴願裁決には審理不尽の違法がある。また、買収計画の適法性、妥当性を覆審すべきであるのに、原告の不服事由につき審理しただけであるから、この点からも審理不尽といえる。

(2) 合議制行政庁がする訴願の裁決に関する議案は、訴願書ではなく、決議により確定されるべき裁決の原稿であることを要するのに、議事録によると、府農地委は後日原告に交付された裁決書の主文について議決したのみで、理由について審議をしていないから、裁決書の内容と一致する決議があつたとはいえない。従つて、本件裁決書は府農地委の意思表示を証明する文書ではなく、本件裁決はその効力を有しない。

(3) 本件裁決書は、府知事が府農地委員会の資格でこれを作成公表している。しかし、府知事が訴願の審査と裁決の議決に関与しなかつたことは公知の事実である。また、裁決書は府知事の作成すべきものではなく、決議に関与した委員が作成すべき公文書である。このことは土地収用法六六条からみても当然である。かりに府知事にその作成資格があるとしても、本件裁決書の理由の部分は実際には一、二の委員または書記によつて起案されており、その草案につき府知事自身の認許も府農地委の確認もなされていないから、実質的には起案者の作文にすぎず、府知事作成の文書としての効力をもたない。

(五) 承認

(1) 自創法八条の承認は適法な承認申請にもとづくことを要するのに、府農地委には本件の承認申請書が現存しないから、承認申請はなかつたと推定される。村農地委に承認申請書控なる文書があるとしても、のちに作成された疑があるのみならず、委員会長名をもつて作成されているから、申請権限のない者が作成した違式のものである。また、申請書の提出につき村農地委の議決がない。かりに申請行為が適式であり、かつ府農地委に申請書が提出されているとしても、訴願裁決の効力発生前(裁決書送達前)に提出されたものであるから時期の点で自創法八条に違反し、承認申請としての効力がない。

(2) 府農地委は、各市町村農地委員会が承認申請をした特定の買収計画に対する承認書の原稿を議案としなければならないのに、府農地委事務局が大阪府下全市区町村農地委員会の買収計画を一括して作成した第七回買収計画承認の件なる議案について、その外形を形式的に審査したにとどまり、実質については討議していない。これは重大明白な審理不尽であり、このような経過でなされた本件承認の決議はその効力を生じない。また、右決議は裁決の効力発生前になされているから無効である。

(3) 本件承認書は、府農地委会長である府知事名義で作成されているが、事務当局が作成したもので、発送前に府農地委の確認をうることもなかつたから、無権限で作成されたものである。その内容においても府農地委の議決と一致していない。それゆえ右承認書は無効である。

(4) かりに承認書が有効であるとしても、村農地委に送達されたのは買収期日後であるから、このような承認は違法である。

(六) 買収令書

(1) 自創法九条によれば、府知事は買収計画書写、承認書写により買収処分の実体上、手続上の要件の充足を確認したうえで、買収令書を発行、交付すべきであるのに、本件ではこの確認がなされていないだけでなく、承認行為自体がまだ有効に成立していなかつた。

(2) 本件買収令書と買収計画はその内容において買収対価の支払方法が異つている。府知事には買収計画の審査権はあつても変更権限はないから、本件買収令書は無効である。

(3) 対価の支払の時期を買収期日以後一年内としているが、公用徴収においては正当補償をしたのちに強制徴収するのが立憲国に普遍する原理である。つぎに、支払の場所を日本勧業銀行の支店としているが取引通念または条理からいつて、国が買収土地の所有権を取得する場所すなわち大阪府庁庁舎内で支払うべきである。さらに、対価を一筆ごとの現金払とせず、合筆の上大部分を証券払、千円以下を一口の現金払としたが、農地証券の額面交付は違法であり、一筆ごとに現金交付額を定めなかつたのも違法である。しかも、右対価はまだ支払われていない。

(4) 買収令書に誤記違算がある。

(5) 買収令書の発行はあつたが、その交付がなく、かりに交付があつたとしても買収期日後であるから無効である。

(七) 政府買収

政府買収には広狭二義がある。買収計画が定められただけではまだ執行力ある行政処分があつたということができず、その承認を受けることによつて政府の買収権能が法定され、こゝに狭義の政府買収、すなわち買収計画と承認の二個の行政作用の結合により組成される一つの法律事実が成立する。この政府の買収権能の執行は買収令書の交付という行政行為の実現により完成され、こゝに広義の政府買収、すなわち狭義の政府買収と買収令書の交付との結合組成により生じる国の土地所有権等の原始取得という法律効果がうまれる。

この狭義の政府買収は買収計画、異議、訴願、承認等の手続が適法であることを前提とし、広義の政府買収は狭義の政府買収と買収令書の交付の手続が適法であることを前提とするのに、本件では前述のとおり、これらの手続が違法であるから、政府買収も無効である。

三、以上のとおり、本件買収処分は無効であり、本件土地はいまなお原告の所有であるのに、府知事はこれを有効であるとして、自創法一六条の規定にもとづき、原告外数名の者を売渡の相手方とし、売渡の時期を昭和二三年七月二日とする売渡処分をしたうえ、昭和二五年五月一日大阪法務局長野出張所に右買収、売渡を原因とする農林省のための所有権取得登記、買受人のための所有権移転登記を嘱託し、同出張所同日受附第六五五号をもつてその旨の登記がなされた。

よつて申立どおりの判決を求める。

第三、被告らの答弁ならびに主張

一、請求原因一の事実は、異議、訴願の手続を経たとの点を除いて、これを認める。本件買収計画は昭和二三年四月二〇日に定めた。

二、請求原因二の実体上の無効原因に関する主張事実のうち、本件土地がもと訴外会社の所有で、土地台帳及び登記簿上は本件買収計画当時も同会社の所有名義となつており、その後になつて原告主張のとおり原告名義の所有権移転登記がなされたこと並びに同会社が原告主張のとおり解散し、その登記をしたが、清算結了登記は未了であることは認めるが、原告が本件土地の贈与を受けた事実は否認する。その余の事実は知らない。手続上の無効原因に関する原告の主張は争う。

三、本件土地は買収計画当時訴外会社の所有であつた。

土地台帳及び不動産登記簿上の所有名義人が訴外会社であつたことは原告主張のとおりであり、同会社は解散後も本件買収のあつた昭和二三年に至るまで、本件土地の地租並びにその附加税を納付していた。原告自身も本件土地は全部訴外会社の所有であるとして、その買受申込書を村農地委に提出している。これらの事実からすれば、原告が本件買収計画前に本件土地の贈与を受けていたとは考えられない。

かりに贈与を受けたとしても、右のような事情及び村農地委が原告の右買受申込書にもとづき別紙物件表備考欄に「原告に売渡」と記載してある土地を原告に売渡し、その旨の登記を了している事実からみて、村農地委が原告の所有であることを知りながらあえて訴外会社の所有として買収計画を定めたものでないことは明らかであり、村農地委ひいては府知事がこれを訴外会社の所有と認定したことに明白なかしはない。

なお、右原告に売渡した土地が現に原告の所有であることは争はない。

第四、証拠〈省略〉

理由

(本案前の判断)

一、府知事に対する訴えについて

(一)  政府農地買収及び政府のその売渡の無効確認を求める訴えについて

原告のいう「政府農地買収」は、府知事が買収令書の交付によつて行う農地の買収処分をいうものと解せられるから、その意味においてこれが無効確認を求める原告の訴えは適法である。

次に、原告のいう「その(政府の)農地売渡」も、府知事が売渡通知書の交付によつて行う売渡処分をいうものと解せられる。本件土地の一部について本件買収後原告に対し売渡処分が行われたことは当事者間に争いがなく、右土地が被告主張のとおりであることは原告において明らかに争わず、成立に争いのない乙五ないし五八号証によつてもこれを認めうるところである。右原告に売渡のあつた別紙物件表の1ないし4、10、19、20、22、23、28、31ないし38、40、43ないし45、48ないし70、74ないし92記載の各土地(以下原告に売り渡した土地という)以外の土地については原告に売渡処分の無効確認を求める利益はない。農地の買収、売渡が行われた場合、その所有者が直接その権利を侵害されるのはもつぱらこれを買収されることによるのであつて、売渡処分は買収前の所有者の権利関係に直接の影響を及ぼすものではない。従つて、買収前の所有者としては、権利侵害の直接の原因となつた買収処分の効力を争つて救済を受けるのが、最も適切な道であるといえる。売渡処分により所有権の現実の回復(登記名義、占有等の回復)がより困難になるにしても、被告知事との間では、買収処分の無効確認判決を得てさえおけば、その拘束力により被告知事(及び関係行政庁)は売渡処分がその効力を生じ得ないものであることにつき拘束を受けるのであるから、売渡処分について重ねて無効確認判決を得なければならない必要も利益もなく、また売渡の相手方との関係では、被告知事との間で売渡処分無効確認の判決を得たところで、その既判力が及ぶわけではないから、売渡の相手方との紛争解決は法律上なんら行われていないに等しい。原告に売り渡された土地以外の本件土地につき、売渡処分無効確認の判決を受ければ、農地法八〇条により原告に対し売払がなされる関係にある等の特段の事情もない本件では、処分の相手方ともなつていない原告は右土地につき売渡処分の無効確認を求める法律上の利益はないものというべく、原告の右訴えは不適法である。

(二)  登記の有効または無効確認を求める訴えについて

不動産登記簿上に現出されている登記は、その不動産に関する権利または法律関係そのものではなく、また行政処分でもないから、確認訴訟の対象となり得ない。右訴えは不適法である。

(三)  抹消登記手続を求める訴えについて

自創法による買収を原因とする所有権取得登記は国を被告として、同法による売渡を原因とする所有権移転登記は売渡の相手方を被告として、それぞれその抹消登記手続を求めるべきであるから、府知事を被告とする右訴えは被告を誤つた不適法なものである。

二、被告国に対する訴えについて

(一)  所有権確認を求める訴えについて

原告は、本件土地が買収計画設定前より原告の所有であり、昭和二五年一二月二五日当時及びそれ以後も原告の所有であることの確認を求める。しかし、右訴えのうち、本件口頭弁論終結時より前の所有権確認を求める部分は過去の権利の確認を求めるものにすぎないから確認の利益を欠き不適法である。(右請求には本件口頭弁論終結時よりのちの所有権確認は含まれていないと解せられるが、もし含まれているとしても、将来の権利の確認を求めるものであるから、不適法である。)

次に、原告に売り渡した土地が、現に原告の所有であることは被告らにおいてなんら争つていない。被告らは右土地の所有権確認の請求についても、請求棄却の判決を求めてはいるが、本件買収処分後、被告知事において右土地を原告に売り渡したことは前認定のとおりであり、前示乙五ないし五八号証によるとその旨の登記も了していることが明らかであつて、これに、本訴において被告らがこれらの事実を積極的に主張立証して原告の現在の所有権を争わない旨を明らかにしている事実を総合すると、被告らの右請求棄却の申立は、訴えの利益を欠くとの趣旨のもとになされているものと解せられる。そして右認定の事実によると、被告らは原告の右土地所有権をむしろ積極的に肯定しているのであつて、なんら争つていないから、その所有権者としての原告の地位を不安定ならしめている事実は存在しない。右土地の現在の所有権の確認を求める訴えも確認の利益がなく、不適法である。

それゆえ、原告の所有権確認の訴えのうち、不適法でないのは、原告に売り渡した土地外の土地、すなわち別紙物件表の5ないし9、11ないし18、21、24ないし27、29、30、39、40、42、46、47、71ないし83、93記載の土地の本件口頭弁論終結時の所有権確認を求める部分のみである。

(二)  政府買収及び政府売渡の無効確認を求める訴えについて

原告のいう「政府買収及び政府売渡」は、請求原因二の手続上の無効原因についての原告主張中(七)にいう政府買収及びこれと対応する概念として売渡計画に始まり売渡通知書の交付に終る一連の売渡手続を包括したものをいうと解せられるが、このような包括的な概念をことさら構成してこれを一個の行政処分であるとし、これを出訴の対象としなければならない必要も利益もない。

原告のいう「政府買収及び政府売渡」を前記「政府農地買収及び政府のその売渡」と同様に、買収処分及び売渡処分をいうものと解せられないこともないが、そのように解するにしても、その処分庁である被告知事と効果の帰属主体である国とを同時に被告とすることは、いたずらに手続の混乱をまねくばかりでなんら利益のないことであるから、行政事件訴訟特例法三条の趣旨とするところにかんがみ、被告国に対する右訴えは不適法として排斥すべきものと解するのが相当である。

原告の右訴えは、その趣旨を以上のいずれに解しても不適法なものである。

(三)  府知事のとる登記手続の認容を求める訴えについて

原告は被告国に対し、本件土地につきなされている買収、売渡を原因とする所有権取得登記、所有権移転登記の抹消登記手続を府知事においてなすことの容認を求めるのであるが、たとえ右申立どおりの判決がなされたとしても、その判決は不動産登記法二七条にいう判決にあたらないから、原告は右判決により単独で右抹消登記の申請をすることができないし、また右判決は被告国が抹消登記義務を負担することにつき既判力を生ずるものでもない。したがつて、このような判決をしても当事者間の紛争解決にはなんら役立たないから、右訴えはその利益を欠き不適法である。

(本案の判断)

村農地委が、本件土地を訴外会社所有の小作農地であると認めて、昭和二三年七月二日を買収の時期とする第七回買収計画を定めたことは当事者間に争いがない。

第一、被告知事との間で買収処分の無効確認を求める原告の請求について

原告は右買収処分は無効であると主張するので、以下原告の主張する各無効原因について判断をすすめる。

一、実体上の無効原因に関する原告の主張について

(一) 所有者誤認の点について

本件買収計画当時本件土地の土地台帳及び不動産登記簿上の所有名義人が訴外会社であつたことは当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない乙三号証、昭和二六年九月一三日の準準手続調書の原告代理人が成立を認めた旨の記載が事実にそわないこと及び成立が真正でないことの立証がないから真正に成立したものと認むべき乙一号証及び証人室賀寿夫の証言によると、本件土地の地租及びその附加税は昭和二三年度まで訴外会社名義で納付されてきており、昭和二三年五月一〇日には原告自身が村農地委に対して、本件土地全部につき、その所有者が訴外会社である旨と、自創法による売渡を受けるためその買受申込をする旨を記載した買受申込書(乙一号証)を提出したことが認められる。このような事情があるときには、原告がその主張のとおり本件買収計画前に訴外会社から本件土地の贈与を受けていたとしても、村農地委が本件土地を訴外会社の所有と認めたことに明白なかしはないと解せられるから、本件買収処分は原告に対する買収処分として、無効ではない。

(二) 違憲の主張について

原告は、在村地主である法人所有の小作地を買収することが憲法のどの条項に違反すると主張するのか明らかでない。しかし、自創法は、自作農を急速かつ広汎に創設することによつて、農業生産力の発展と農村における民主的傾向の促進を図るという公共の福祉のための必要にもとづき制定されたものである。個人営農の場合には将来農家の家族構成の変動等のやむをえない事由による労働力の変動により経営面積の縮少拡大の必要を生ずることが予想され、これにそなえるためある程度の小作地の保有を認める必要があるが、法人の場合にはこのようなやむをえない事情による経営面積の拡大の必要を生ずることは通常ありえないから、前記のような公共の福祉を実現するため、市町村農地委員会が買収を相当と認めたときには法人の所有する小作地をすべて買収できるものとした自創法三条五項四号の規定は、憲法のどの条項にも違反しない。

二、手続上の無効原因に関する原告の主張について

(一) 買収計画

(1)の点について

旧土地収用法所定の具体的事業の認定は、農地買収のための法律上の要件ではない。また自創法は、買収手続樹立後遅滞なくその旨を公告して農地所有者に異議、訴願の機会を与え、これらの手続を経たのちにはじめてその後の手続をすゝめるべきものとしているのであるから、農地所有者が手続に関与する機会を与えていないとはいえない。

(2)の点について

原告主張のような総合的単一の基本計画の設定、農地調査規則に定める農地台帳、世帯票の作成は、買収計画樹立の法律上の要件ではない。

(3)の点について

原告主張の各手続のうち、その手続をとるべきか否かの判断が法規裁量に服するものにあつては、その手続をとるべき実体上の要件がそなわつている限り、その手続をとらなければ違法である。しかし、その余の場合には、これらの手続を経なかつたことをもつて違法とすることはできない。本件の場合右のような実体上の要件については具体的な主張がなく、その立証もないから、これらの手続を経なかつたことに違法はない。

(4)の点について

原告主張の認許は買収計画決議のための法律上の要件ではない(最高裁第三小法廷昭和三五年六月一四日判決・民集一四巻八号一三四二頁)。

(5)の点について

証人室賀寿夫、同田中政明の各証言によると、本件買収計画が審議議決された村農地委の会議には、本件土地の一部を賃借して耕作し、本件買収が行われると第一順位の売渡の相手方となる地位にあつた川端安太郎が関与していたが、右会議は村農地委の委員の大部分が出席して開かれ、会長の室賀寿夫が議長となつて審議をすすめ、出席委員の全員一致をもつて本件買収計画の樹立を議決したものであることが認められる。すると、右議決には利害関係人である川端安太郎が関与したかしがあるが、このかしは議決を無効ならしめるほど重大な違法ではないと解すべきである。

その余の原告主張事実については、原告において具体的事実にもとづいて主張立証する責任があるのに、これをしないから、採用できない。

(6)の点について

右原告主張事実についてはなんら立証がなく、かえつて証人室賀寿夫、同田中政明の各証言によると村農地委は大阪府庁から送付を受けたひな形により村農地委において謄写印刷した買収計画書用紙を使用して、記載を必要とする欄のすべてに必要な記載をして買収計画書を作成し、これを審議の対象として本件買収計画樹立の議決をしたことが認められる。当時大阪府下の各市区町村農地委員会で使用されていた買収計画書用紙に、自創法六条二項、五項所定の事項を具体的に記入する欄が設けられていた事実は当裁判所に顕著であり、これに前認定の事実を総合すると、自創法六条二項所定の事項のすべてにわたり審議議決を経たものと推認されるから、右議決に違法はない。

(7)の点について

買収計画書に決議に関与した委員の署名押印、委員会の特定の決議にもとづいて定められた旨の記載、作成、備付の日付の記載をすることは法律の要求するところではない(前二者につき前掲第三小法廷判決)。また本件買収計画書が村農地委の事務担当職員の起案したものであるとしても、村農地委においてこれを審議しその記載内容どおり買収計画を定める旨決議したのであるから、さらに委員会作成の公文書としての承認決議をする必要はない。

(8)の点について

買収計画書に公告の期日を記載することは法の要求するところではない。

(9)の点について

訴願裁決書の送達、村農地委への承認書の送達、対価の支払が買収の時期より多少遅れたとしても、これによつて買収計画が失効するとは解せられない。

(二) 公告

公告は単に買収計画樹立の旨を公告すれば足り(最高裁大法廷昭和二六年八月一日判決・民集五巻九号四八九頁)、本件買収計画の縦覧の場所と期間の公告があつた以上、関係者はこれを見て本件買収計画の定められたことを知ることができるから、公告の内容に違法があるとすることはできない。また、買収計画が定められたときは、その農地委員会の代表者である会長がその権限により公告をすることができ、公告するにつき特に議決をする要はない(前掲第三小法廷判決)。

つぎに、縦覧書類の作成がないとの点については、これを認めうる証拠がない。

農地所有者に買収計画書の正本を送達する必要はないから、原告にその送達がなくても違法ではない。

(三) 異議却下決定

原告が本件買収計画に対して異議の申立をし、その却下決定がなされたとの事実を認めうる証拠はないから、その無効を論ずる余地はない。

(四) 訴願の裁決

原告が本件買収計画に関して訴願を提起し、その裁決がなされたことを認めうる証拠はないから、その無効を論ずる余地のないことは、異議却下決定の場合と同様である。

(五) 承認

(1)の点について

証人室賀寿夫の証言によると、村農地委は、本件買収計画を定めたのち、村農地委会長名義の書面で府農地委に対して承認申請をしたことが認められる。承認申請をするについて村農地委の特別の議決を経る必要はない。原告が訴願の提起をしなかつたことは前認定のとおりであるから、その裁決前に承認をした違法が問題となる余地はない。

(2)の点について

合議制の行政庁が行政行為をする場合に、議案をどのような形式でとりあげるか、あるいはその議案について具体的にどのような程度にまでたちいたつて討論するか等については、法令に特段の規定のない限り、その行政庁が自由に決しうるものと解すべきである。

したがつて、府農地委が本件買収計画の承認をしたとき、大阪府下全市区町村農地委員会の買収計画を一括して作成した第七回買収計画承認の件なる議案について概括的に審議したのみであるとしても、そのために本件承認が違法となるものではない。本件の場合裁決の効力発生前に承認の議決をしたという問題が生じ得ないことは、右(1)で承認申請について述べたところから明らかである。

(3)の点について

府農地委の会長である府知事は委員会の代表者としての権限により承認書を作成することができ、その発送前に府農地委の確認の議決を要するものではない。本件承認書を府農地委の事務当局が勝手に作成し、その内容も府農地委の議決と一致していないとの事実については、なんら立証がない。

(4)の点について

村農地委に承認書の送達された日が買収の時期よりのちであつたとしても、これにより承認が無効となるとは解せられない。

(六) 買収令書

(1)の点について

府知事が買収計画書写、承認書写により買収処分の実体上、手続上の要件の充足を確認しなかつたとしても、客観的にこれらの処分要件が充足されている限り買収処分は違法とならない。本件買収令書の発行交付前に適法な承認が成立するに至つていなかつたことを認めうる証拠はない。かりにそうであつたとしても、のちに適法な承認があつたことにより右かしは治ゆされた。

(2)(3)の点について

原告は買収計画には一筆の土地ごとに表示されていた対価の額を買収令書では合算して表示したうえ大部分を証券払いとし、千円以下の端数を一口の現金払としたこと、および買収計画には定められていなかつた対価支払の時期を買収期日より一年内、支払場所を日本勧業銀行の一支店と買収令書に表示したことをもつて、買収計画を買収令書により変更したと主張するのである。しかし、買収計画では買収の対価の額のみを定め、対価の支払の方法及び時期は府知事が買収令書交付の際にこれを定めるべきものであることは、自創法六条二項、三項、九条二項二号の規定から明らかである。また、自創法が買収計画後の農地所有権の移転を許しながら(一一条)、買収の時期における当該農地の所有者に対価の支払をなすべきものとしている(一三条一項)ことからみて、対価支払の時期を買収期日以後と定めても違法ではないと解せられる。対価の支払を大阪府庁内でなすべきであるとの原告の主張は独自の見解にすぎず、支払の場所を日本勧業銀行の一支店と定めることも適法である。対価支払の方法として農地証券をもつて対価を交付する旨を定めることができるのは自創法四三条一項の規定により明らかであり、その際買収計画では一筆の土地ごとに表示されていた対価の額を合算したうえ、その大部分を農地証券払と定めても違法ではない。

(4)の点について

具体的事実にもとづく主張立証がないから、右主張は理由がない。

(5)の点について

証人室賀寿夫、同田中政明の各証言に弁論の全趣旨を総合すると、本件買収令書は、買収期日後にではあるが、訴外会社に交付(これに代る公告を含む)の手続がとられたものと認められ、右認定をくつがえし、その交付がなかつたことを認めうる証拠はない。

買収令書の交付が買収の時期より多少遅れたとしてもこれによつて買収処分が無効となるとは解せられない。

以上のとおり、本件買収処分に、原告が主張するような実体上、手続上の無効原因は存在しないから、その無効確認を求める原告の請求は理由がない。

第二、被告知事との間で、原告に売り渡した土地の売渡処分無効確認を求める請求について

原告は、右土地の売渡処分の無効原因として、単に買収処分が無効であることを主張するのみで、売渡処分に固有の無効原因についてはなんら主張をしない。ところが、右買収処分が無効でないことは前記第一に判断したとおりであるから、右土地の売渡処分にも無効原因となるかしは存在しないものというべく、その無効確認を求める原告の請求は理由がない。

第三、被告国との間で、原告に売り渡した土地以外の本件土地の所有権確認を求める請求について

右土地の本件買収処分が原告に対する処分として有効なものであることは、前記第一に判示してきたところであり、被告国はこれによつて買収の時期である昭和二三年七月二〇日にその所有権を取得したものと認められる。かりに原告が主張するとおり買収の対価がまだ支払われていないとしても、対価の支払は買収処分の効力発生要件ではないから、買収の時期に国が所有権を取得するという効果の発生を妨げるものではない。また、右土地について、本件買収の登記がなされる前に、原告のための所有権移転登記がなされていることは当事者間に争いがないが、本件買収処分は原告からその所有する本件土地を買収する処分として有効なのであるから、利害関係ある第三者に買収処分を対抗するには登記を必要とするかの問題の生ずる余地もなく、原告のための右登記は前記結論になんら影響を及ぼさない。それゆえ、右土地がなお原告の所有であるとして、その確認を求める原告の請求は理由がない。

(結論)

そこで、本件訴えのうち不適法な部分はこれを却下し、その余の部分は原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 前田覚郎 平田浩 井関正裕)

(別紙物件表省略)

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